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藤井 健仁 近況

New Personification vol.6 ABJECTION X@日本橋高島屋sc美術画廊X

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 New Personification vol.6 アブジェクションX


■12月18日(水)→1月6日(月)1/1休廊


AM10:30〜PM7:30


■日本橋高島屋本館6階 美術画廊X


https://www.takashimaya.co.jp/nihombashi/departmentstore/topics/detail.html?category=art&id=22161#contents



お問い合わせ:本館6階美術画廊 直通TEL (03)3246-4310


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加害の引き受けと陥没のエレガンス               




労働


 アートと呼ばれるものの輪郭がすっかり曖昧となった現在、絵画と彫刻はそのモダニスティックな形式を依然として維持し、「芸術の場所」を確保しているかに見える。彫刻というオーソドックスなジャンルからスタートした藤井健仁は、その「芸術の場所」が排除してきた様式であるお面と人形を、自身の制作の中心に据えてきた。


 お面とは、顔面に装着することで何者かになり代わるアイテムであり、人形は小さな人型に何者かが託されたものである。いずれも代替物としての役割を果たすがゆえに、何の役割を果たさずとも「芸術の場所」を占めることのできる彫刻にはない通俗性や商業性を帯びることになる。


 藤井が言語ゲームとしての現代アートから距離を取り、積極的にその通俗性、商業性の中に沈潜したのは逆説的にも、「つくる」という行為の強度と、物と手の緊密な関係性を取り戻すためだった。そこで選ばれていた鉄という素材の圧倒的な抵抗感が、「つくる」ことをより過酷で過剰なものにしたのは間違いない。


 過酷な労働によって過剰につくること、それは現代社会において、人々が大なり小なり強制されていることだ。そこでは人は常にある種の「被害者」性の中に拘束されている。が、藤井が目指したのはそれとは反対に、現実の労働にも増して過酷で過剰な制作へと自らを追い込むことで、「加害者」たらんとすることだった。




鉄面皮


 鉄は暴力を象徴する。報復の私刑が許されないこの社会において、死刑は法=国家の判断に委ねられることになっている。しかし人は社会から押し付けられた「被害者」性に塗れて生きていても、いやむしろその位相を全身で受け止めているからこそ、「復讐してやる」という思いを一度ならず抱くものではないだろうか。その際の武器が銃なのか鈍器なのかは別にして、鉄であることは肝要である。


 鉄を叩きのめすことから、藤井の「彫刻刑 鉄面皮」シリーズは生まれた。モデルたちへのあり余る殺意は「制作の暴力性」に還元され、「刑」を下されたお面はそれぞれの人物の個別性、具体性を限界まで露呈させている。メディアを通して私たちが嫌と言うほど見てきた人々の、抽象化不可能な貌の圧力の凄まじさ。それは、藤井の労働に比例するものだろう。


 労働量と時間の集積が、「復讐してやる」という制御し難い感情をある時点で超えた時、お面は藤井の手を離れ、加害と被害の拮抗する境界面として自律する。




鉄少女


鉄人形のシリーズにも、鉄という素材の持つ暴力性と、「つくる」ことの過剰さが通底している。「鉄面皮」と違うのは、鉄少女の顔が皆どれも一切の個別性、具体性を失っているということだ。


 大きく陥没した顔面と、反動のごとく膨れ上がった前頭部。顔の下半分は四角い板状となって反り返り、目鼻口はまるで冗談のように極限まで切り詰められている。


 顔の驚くべき抽象性に対し、体躯は極めて具象的だ。たとえば<<転校生>>シリーズ。なめらかで華奢な手足に、幼女を思わせる胴体。風に舞い上がる長い髪。セーラー服と、翻る短い襞スカート。基本的な造形には西洋人体彫刻のニュアンスを感じさせつつも、採択されている個々のモチーフの組み合せは、この国では、性的欲望の視線に晒されるある「かたち」の一典型と言っていいだろう。


 この、「圧倒的な量の性的視線を受け止める」という日本の少女の存在様式を象徴的に表しているのが、他でもない顔なのである。鉄少女の顔に個別性が欠けているのはそのためだ。鉄を叩く藤井の「制作の暴力性」と「視線の暴力性」は、ここに重ね合わされる。


 あらゆる暴力を受け止めて、少女の顔は陥没した。平たくなった顔に丸く穿たれた目の穴の奥から、彼女は世界を眺めている。ヘルメットのように膨らんだ頭蓋骨で、彼女は自らを防衛する。小さな突起と化した鼻と黒々と割けた口は、稚拙に象られた女性の性器だ。欲望する視線が最後に辿り着きたい場所が、一切隠されず顔面にあるという不意打ち。その裂け目の奥には、ペニスを噛み切る小さな歯が几帳面に並んでいる。異形の相貌は呪術的な仮面めいて、その下にあるものへの想像力を掻き立てるが、彼女に「素顔」はない。


 少女は微笑みながら軽やかに立っている。あるいは全力で自転車を漕いでいる。どんな視線に殴られ顔面を陥没させても、少女は微塵も傷ついていない。「被害者」性が、不穏なまでの自由と強靭さに反転する瞬間のエレガンスがここに刻印されている。




大野 左紀子 (文筆家)

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# by fujiibph | 2019-12-23 06:04

これまでの企画展みんな見せます! 岡本太郎美術館20周年記念展 後期/芸術と社会・現代の作家たち





岡本太郎美術館20周年記念展 

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これまでの企画展みんな見せます! 後期/芸術と社会・現代の作家たち


[日時]10月26日(土)〜2020年1月13日(月・祝)9:30〜17:00(入館は16:30まで)


[会場]川崎市岡本太郎美術館


[休館日]月曜日(11月4日、1月13日を除く)、11月5日(火)、12月29日(日)〜1月3日(金)


[料金]一般¥1,000、高・大学生・65歳以上¥800、中学生以下無料


[主催]川崎市岡本太郎美術館


[TEL]044-900-9898(川崎市岡本太郎美術館)


http://minatomirai21.com/182855



# by fujiibph | 2019-11-06 17:39

私たちのどこまでが鉄ではないのか インテグラル @京都場


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私たちのどこまでが鉄ではないのか インテグラル 

To what extent are we not iron?  integral

@京都場


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10/20〜12/16


月火、11/4休館※


京都場


http://kyoto-ba.jp/exhibition/takehitofujii-towhatextentarewenotiron/




※11月4日は 第13弾アート講座準備の為、アート講座開場まで休館とさせていただきます。


アート講座終演後は通常展示をご覧いただけます。(閉館19:00)




第13弾京都場アート講座:美術と身体


櫻井郁也ダンス「絶句スル物質」


----------藤井健仁の彫刻とともに


11月4日(日)16:00開演


(アフタートーク:藤井健仁×櫻井郁也×仲野泰生)


https://blog.goo.ne.jp/cross-section/e/fd99689a7219be184c3bee143cdaec69




【会場】京都場


二条城からほど近いアートギャラリー。


建物は、大正時代に建てられ、京染の工房として使われていた町家です。




【会場住所】


〒604-8412 京都府京都市中京区西ノ京南聖町6-5


※千本三条から三条商店街を入り一筋目を北に約80m右側。


※JR山陰本線および地下鉄東西線「二条」または、地下鉄東西線「二条城前」より徒歩5分


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撮影/堀勝志古



# by fujiibph | 2018-10-25 01:04

個展「鋼鉄のグランギニョール 」2016 ステイトメント




□ 趣旨
  
   

このたびYOD Galleryでは、藤井健仁(Takehito Fujii, b.1967)の個展「鋼鉄のグランギニョール  」を開催いたします。 

90年代より精力的に製作発表を行ってきた藤井は、鉄が近現代に生み出した「富、権力、暴力」を表象する著名人の顔を鉄の面に置き換える「彫刻刑  鉄面皮」により2005年、第八回岡本太郎記念現代芸術大賞にて準大賞(大賞該当者なし)を受賞、2008年には愛知県芸術文化選奨 新人賞を受賞し、高い技術と表現方法が各方面から評価されています。 

藤井の表現は逆説に貫かれていると言っても過言ではありません。鉄鍛造という同技法同素材ながら対極的スタイルを持ち、しかもモダニズムから排斥され続けて来た「面と人形」を範とする二つのシリーズ、「鉄面皮」と「New Personification」を並行して制作している事からもそれは伺えます。
「鉄面皮」では撲殺に等しい鍛造労働による殺意自体の形象化に始まりながら対象人物への善悪を超えたシンパシーに到達し、一方愛らしい人形を造形しながらもその材料である鉄との交錯の中で残酷かつ非情な制作物となる「NewPersonification」、双方とも初見の印象とは逆転した着地点を持っています。只、逆説の可能性を記号を並べての連想に委ねていくありがちな方法とも、定説に依存することで成立する当てこすりの逆説とも異なる、その逆説こそが実は本来の定説なのではないかと思わせる説得力は、作家が逆説と向き合い現実の重作業の中でそれを履行した結果練り上げられた技術と物品の強度によるものといえるでしょう。

YOD Galleryにおける初の個展となる「鋼鉄のグランギニョール」では、「New Personification」に連なる新作の少女鉄人形等を展示いたします。ぜひこの機会にご高覧賜りますようお願い申し上げます。 

鋼鉄のグランギニョール

グランギニョール、斬首や血飛沫が入り乱れる19世紀末フランス発祥の残酷劇。元々は人形劇であったらしい。
だがそれを冠するこの展示にはそうした鬼面人を威すが如きイメージを置く予定はない。準備されているのは控え目に改変された、いたいけな姿態の少女鉄人形だけである。

ではそれがどうしてグランギニョールなのか。素材と内実、鉄と人形の出会い、それ自体が残酷に相当するものであるから。しかもここ数百年で屈指の。なぜなら前近代迄、人形の祖である神像呪物は信仰の対象としてコミュニティの中心にあった。だが鉄の時代、産業革命を経て信仰の対象は経済及び科学に移ってゆく。ならば鉄と人形は世界の中心の座を巡って、未来と過去、駆逐した物とされたもの、それぞれ双方に相容れぬ対極的要素という事になる。鉄で制作される人形はこうした巨大な転換をその小さな肢体の中に招き入れざるを得ず 、未来永劫軋轢に引き裂かれながら存在し続ける。しかもいたいけにはにかみながら 。

制作に際しては昔ながらの手作業がもたらす質と強度は不可欠だが
二つの要素それぞれが帰属するイメージのどちらにも偏らないよう留意する。だが記号からの連想に留めるのならばそこまでの労働は必要ない。二項を調停したまま先に進み、軋轢の果てにあるものを実際の物品として目の当たりとする為に必要となる労働である。

その物品の仕上がり次第によっては、ありえたかもしれない、別の「鉄の時代」を示唆する可能性もある。50年来、児童(特に男児)に支持されその想念に働きかけてきたロボットアニメーション、いわば「鉄の人形劇」は未だ定位されていない集合無意識の祖型なのではないかと思えるように。



1967​愛知県名古屋市 生まれ
1990​日本大学芸術学部 卒
​  
<個展>
2016「New Personification Vol.5 GIRLSLIFESMITH」、日本橋高島屋美術画廊X、東京
2012​「New Personification Vol.4 私たちのどこまでが鉄ではないのか」unseal contemporary(東京)​
2009​「Double Irony」Gallery M contemporary art(愛知)
2008​「鉄面皮 Extended」ストライプハウスギャラリー(東京)
2007​「New Personification Vol.3 人形の融点」ストライプハウスギャラリー(東京)
2005​「New Personification Vol.2 PSEUDO METAL BOSSA」ストライプハウスギャラリー(東京)
2004​「彫刻刑 鉄面皮」ストライプハウスギャラリー(東京)
2003​「New Personification」ストライプハウスギャラリー(東京)
2002​「Exculpture」Gallery APA(名古屋)
​「Exculpture」PORT des ART(東京)
2001​「Exculpture」Gallery APA(名古屋)
​「個展」アートコレクション中野(名古屋)
1996​「小品展」Gean art space(埼玉)
1992​「個展」愛宕山画廊(東京)

<主なグループ展>
2015「像形人間」みうらじろうギャラリー(東京)
「現在幽霊画展」TAV GALLERY(東京)
2014「TARO賞の作家 Ⅱ」川崎市岡本太郎美術館(川崎)
2013​「SUMMER SHOW 2013」日本橋高島屋美術画廊X/新宿高島屋美術画廊(東京)
「溶ける魚 つづきの現実」京都精華大学ギャラリーフロール/Gallery PARC(京都)
2011​「激凸展」unseal contemporary(東京)
2007​「City_net Asia 2007」ソウル市立美術館(韓国)
2005​「第8回岡本太郎記念現代芸術大賞展」川崎市岡本太郎美術館(川崎)
2004​「第7回岡本太郎記念現代芸術大賞展」川崎市岡本太郎美術館(川崎)
2002​「KOREA MASS/JAPANESE FIGURE」MOK AM MUSEUM(韓国)
1999​「新世紀人形展」ストライプハウス美術館(東京)
1998​「WORK'S 98」横浜市民ギャラリー(以降1999、2000年参加)(横浜)

<受賞歴>
2008​平成19年度 愛知県芸術文化選奨 新人賞
2005​第8回岡本太郎記念現代芸術大賞 準大賞 川崎市岡本太郎美術館 
1999​新世紀人形展 日向あき子賞 ストライプハウス美術館(東京) 
1990​日本大学芸術学部 学部賞

個展「鋼鉄のグランギニョール  」2016 ステイトメント_d0226041_17181648.jpg

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# by fujiibph | 2017-08-27 17:14

個展 GIRLSLIFESMITH 2016 麿赤兒氏序文



私は藤井健仁氏の彫刻像が持つ背景の重さと、その広大さに魅せられている。
宇宙的空間と何光年もの長大な時間を一挙に生け捕りにしてパックした趣を感じるからだ。
それは有史以来、美術史の如何なる作家の彫刻像とも異質である。
洋の東西を問わず、かつて多くの作家達がその時代の自然現象・社会環境の中で、人間の情念の有り様・知の有り様、それ等を超越するべき思考と手法を駆使し「ヒトの秘密」をあらゆる角度から照射し、あぶり出そうとした。藤井氏はそうした営為を熟知しつつも、それ等に対して、肯定と否定を目眩く繰り返したことであろう。
それは美術史の大いなる迷宮の際限なき罠とも言える。
鉄という元素は宇宙開闢以来の元素であり、一つの星の創造と破壊に作用し、しいてはあらゆる生物の生存にも作用する。その元素が持つ膨大な時間の記憶を藤井氏は受胎したのだ。
鉄と向き合い、鉄と格闘の如く、交接・交感することによって・・・
その瞬間、彼はあの際限のない罠から、絶対的自由を獲得したのだ。
彼の変容とその彫刻像の変容は「鉄面皮」の人々になり、昆虫になり、猫になり、少女になる。
しかし、それ等は全て命がけの擬態の形相を呈している。
全ての生物がそうあらねば死滅のみである。
それほどにこの星は、世界は、クライシスの臨界にあると、藤井氏なるその像達は言っているのだ。しかもどこか微笑みを含みながら・・・

麿赤兒(舞踏家・俳優)

個展 GIRLSLIFESMITH 2016  麿赤兒氏序文_d0226041_17082558.jpg


鉄は人の血中にあってそれを生かし、また兵器となっては多くを殺めてきた。一方、人形はそれが嘗て神像呪物であった時代から人を慰撫し続けてきた。だが「鉄の時代」が亢進してゆくにつれ、信仰対象の座は科学に取って替わられ、それは専ら個人的な閉じた領域に押しやられていく事になった。

鉄と人形、この二つが重なり合う次元が制作空間となる。考えようによっては対極と軋轢に充ちたこの場所に於いて、新しさも古さも極端さや連想もさほど効果は期待出来ない。そこに居続ける為に必要なものは、人形のかたちをとることでより無慈悲な鉄となり、又、鉄によって形成されることでより一層稚雅な人形となる、そうした循環を支えるに足る、質と強度だけである。

                    2016.4.8  藤井健仁

個展 GIRLSLIFESMITH 2016  麿赤兒氏序文_d0226041_17091386.jpg


このたび 高島屋では「New Personification Vol. 5
GIRLSLIFESMITH 藤井健仁展」を開催いたします。
一般にはとても扱いやすいとは想像し難い素材である「鉄」を最も扱いやすい素材と言いきる藤井健
仁。近代文明・産業の発展を牽引し、時に人類を殺傷させるほどにそのカタチを変容してきた素材と
しての鉄を熱し、叩き、切り、曲げ、溶接するという男性性溢れる行為とも言える過程を経て表出さ
れる藤井の作品は、しなやかで、艶やかな色香を含んだ、時に珍妙なさまの女性性に満ちた姿でそっと佇んでいます。
その姿は我々が日常においてそこに在るのに敢えて見ようとしない不文律の様でもあり、心の奥底に
しまい込んだ好奇の末の罪悪感、高尚と下衆が綯交ぜになった人間の心理を揺さぶる鉄が変容した何
ものかの様でもあります。
藤井のつくる未来が遠い過去であり続けることで、我々が目にするその作品を前に、アカデミズムが手放さない正義と建前は自ずと溶解し、現代に対する批評性を孕んだそのシンボルとしての偶像崇拝主義からの解毒が喚起されるなど、人形としての化身に自身を投影せずにはいられなくなります。
相反する概念をハンマーで叩き伸ばし新たなイメージをつくりあげる霊長類人形目彫刻科の藤井健仁の現在をどうぞご高覧ください。









# by fujiibph | 2017-08-27 17:02