藤井 健仁 近況

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図録収録コメント冒頭部

二重の対極  

 対極的とも言える、《鉄面皮》、《New Personification》という二つの作品シリーズを、鉄を共通した素材として用い、並行して制作してきた。実在する著名人の顔面を形づくる《鉄面皮》は斬首像とも受け取れる形態(※註1)を持ち、《New Personification》は人形制作を範としたものであるため、前者は暴力的でハード、後者は親和的でマイルドと云った印象を抱かれるかもしれない。けれどもその二つの印象イメージそのままが対極関係となっている、といった図式に留まるものではない。それではまだ半分しか光があたっていないのだ。
 《鉄面皮》では「この様な彫刻を造る為には殺人を可能にする量とほぼ同じ労働量を必要とする(※註2)」といった殺意の形象化として始まりながらも、長時間に及ぶ対象への凝視と労働のさなか、対象の風貌の中に制作者自身の断片を発見し、彼我を隔てる境も次第に曖昧になっていく。最終的には(対象によっては憎悪すべき)その来歴行状にもかかわらず愛着さえも芽生えることになり、ストレートな断罪や害意とは異なったものとして完成する。
 そして鉄で人形を造作する《New Personification》おいては、兵器が高度化し都市が増殖する「鉄の時代」の台頭と入れ替りに後退していったのが「人形」が神像呪物などとして共同体の中で機能し得た世界であるから、この制作はヒトの歴史の正方向と逆方向、双方のベクトルに引き裂かれており、鉄と人形という新旧社会基底材の交代劇が、稚雅な人形のクオリティの中で繰り返されている。これはかなりハードなシチュエーションといえるかもしれない。
 《鉄面皮》、《New Personification》、双方ともに、その初見の印象はそのままに真逆の内実を示す、対極性を内蔵するものであり、その上で「-のまま+、+のまま-」であるこの二つの制作を並行して行う事は、より大きな、二重の対極による循環を産み出す可能性がある。

※註1 fig[ ]《彫刻刑 鉄面皮プラス》2004年  
※註2 個展「彫刻刑 鉄面皮」ステイトメント、2004年

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by fujiibph | 2014-11-14 21:16